酒のセレクトに定評のある大洲市の「酒乃さわだ」。店主の澤田典康さんは2024年春、大洲市肱川(ひじかわ)で無農薬の酒米を育て、日本酒を造る新プロジェクトを始めました。大洲カンパニー農業部米づくり課のキーマンに、稲刈りの現場で話を聞きました。
ーー山奥の棚田で立派な酒米が育っていますね。
ここは名荷谷(みょうがだに)と呼ばれる山に囲まれた地域です。きれいな水に恵まれる棚田で今年から、愛媛の酒米「松山三井」を農薬や肥料を使わずに栽培しています。収穫直前になっても稲が倒れずピンと立派に育ちました。今日収穫した米は精米し、地元の酒蔵さんに仕込んでもらいます。今年はお試し程度の量ですが、来年はおそらく1500本ほどできる予定です。
ーー酒店を営みながら農業もされています。
1年前まで「自分が農業をする」「自然農法で酒米を育てる」なんて夢にも思ってなかったです。虫とかヘビも嫌いだし(笑)。でも田んぼで作業していたら、ありがたいことに彼らから逃げていってくれて。早朝一人で草刈りをやっていると禅みたいなスイッチが入って夢中になれますよ。
ーー農業と酒店の二足のわらじ、大変ではないですか?
除草の時期は、週3回ぐらい、4時、5時に起きて田んぼに通いました。草刈りの奥深さにもハマっちゃいましたね。農業の時間と経験が仕事にも生きてくるし、毎日気持ちよく過ごせています。ふしぎと仕事が滞ったことはないですし、1日も「しんどい」と思ったことがないんです。
ーーそもそも、米づくりをやろうと思ったきっかけは?
ここは10年間、耕作放棄地だったそうです。酒米づくりに興味を持っている知り合いの兼業農家さんがいらっしゃって、僕は「酒米を自然農法で育てたらおもしろい」と思っていたのでそう提案したら「じゃあ一緒に作りませんか?」と運よく誘っていただきました。この田んぼはその兼業農家さんが、持ち主からお借りしたものです。
ーーなぜ自然栽培を?
酒屋をやっていると全国の米どころから新米が届くのですが、そもそも大洲のお米って名産地にも引けをとらないおいしさです。それに今までの酒屋人生の中で、有機米とか自然農法のお米で育てたお酒を飲んだことが何度かあって、どれも無茶苦茶おいしかったというのも突き動かされた理由です。
日本酒は長い間をかけて、麹や酵母、酒造りの仕組みが数値化され、醸造技術の革新によっておいしさのレベルがどんどん上がってきました。今後の進化はより緻密な部分での勝負になってくると感じています。そうすると、これからの酒造りで大きく進化していく鍵をにぎるのは原料のお米なんですよ。自然農法でつくるお米を地元の酒蔵で仕込む。今の世界的な流れを含めてこれはおもしろいお酒になる、と直感しました。
ーー酒が生まれるストーリーを大切にする、澤田さんらしい取り組みですね。
日本酒は誰が造るかというのも大事です。この肱川エリアで営む養老酒造さんは志が高く、いいお酒を造る県内でも注目の酒蔵さんです。今日の稲刈りにも駆けつけてくれて、僕らの取り組みを応援してくれています。お米をつくる過程を知る人が造るお酒って何かしらできあがるお酒が違ってくると思うんです。
ーー農業を始めて感じたことは。
地元でいろんなまちづくりに関わってきましたが、農業をやってみて「これから地域を耕すのは農業だな」と実感しています。今後、耕作放棄地はもっともっと増えていきます。もったいないことに、恵まれた自然環境のなかでおいしいお米ができる棚田があちこちで眠っています。
自然農法なので農薬や肥料の経費もあまりかかりません。道具や畑をシェアしながらやれば農業はきっと、地方創生の核になるはず。これが自分自身、1年間農業を経験してヒシヒシと感じたことです。若い世代の子たちが兼業で、付加価値のあるお米や酒米をつくって副収入を得る仕組みをつくっていけたらいいですよね。それは大洲だけではなく、どの地域でもできることです。
ーー今日の稲刈りは「大洲カンパニー」で募ったメンバーも参加しています。
大洲カンパニーの公式SNSや、会員専用のオンラインコミュニティ「FANTS(ファンツ)」で稲刈りのイベントを呼びかけました。こうやって皆さんに参加してもらえることはとてもうれしいし、ありがたいことです。手伝ってくれた方たちと、先に収穫した新米も一緒に味わいました。僕たちの取り組みや風景、味をいろんな人と共有できたこともうれしいです。
ーー大洲カンパニーに期待することは。
結局、その地域の印象に残るのは人です。「こんなおもしろい人に出会えた」というのがきっと旅の一番の思い出になります。大洲カンパニーをきっかけに「おもしろい人がいっぱいいたね」という声が少しずつ広がっていけたらいいな。その中から、僕と一緒に酒米を育てて酒を造りたいって思う人が現れてくれたら最高ですね!
大洲で活躍するひとへインタビューしました。